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東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)86号 判決

原告

ビルト・ヘールブルツグ・アクチエンゲゼルシヤフト

被告

特許庁長官

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が昭和57年審判第10800号事件について昭和58年10月19日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文第1、2項同旨の判決

第2請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和48年9月5日、名称を「光学的サーベイ装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、1972年9月5日ドイツ連邦共和国においてした特許出願に基づく優先権を主張して特許出願(昭和48年特許願第99364号)をしたところ、昭和57年2月5日拒絶査定を受けたので、昭和57年6月4日審判を請求し、昭和57年審判第10800号事件として審理され、昭和58年10月19日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は昭和58年12月3日原告に送達された。なお、原告のための出訴期間として90日が附加された。

2  本願発明の要旨

少なくとも一つのスケール(3、6)によるサーベイ測定の値の可視読取り用の少なくとも2つの読取り位置と、電池(21)に接続された電気的スケール照明手段と、前記スケール読取り位置の可視読取り用の読取り光学系とを有する光学的サーベイ装置において、

スケールのすぐ後面に配置され、可視スペクトラムから選択された小さい発光帯域で発光する少なくとも1つの発光ダイオード(7、8)からなる光源と、

前記発光ダイオードの発光帯域に対して寸法を決められた単色光レンズ(11、12―14、15)を含む読取り光学系(11―16)と、

オン時間をスケール(3、6)の通常の読取りに必要な時間に調節できる可変時間制御手段を含み、電池(21)と発光ダイオードとの間に接続された時間制御スイツチ(171)とを備えることを特徴とする光学的サーベイ装置。

(別紙図面参照)

3  審決の理由の要点

本願発明の要旨は右2に記載のとおりのものと認める。

これに対して、英国特許第1,183,679号明細書(以下「第1引用例」という。)には、測定値を可視読取りするための2系列のスケール、前記スケールを読み取るためにスケールの背面より照射する照明手段及び可視読取りのための光学系を有する測地装置が記載され、同じくジヤパンマシニスト社編集「知りたい測定の自動化」昭和46年10月1日株式会社ジヤパンマシニスト社発行、第105頁ないし第109頁(以下「第2引用例」という。)には、ランプに代えて発光ダイオードを光源とする光を検出対象物に照射し、透過する光を検知することが記載されている。

そこで、本願発明と第1引用例に記載された発明を比較すると、測定値を可視読取りするための二系列のスケール、前記スケールを読み取るためにスケールの背面より照射する照明手段及び可視読取りのための光学系を有する光学的サーベイ装置である点で両者は軌を一にしており、ただ前者は光源として可視スペクトラムから選択された小さい発光帯域で発光する発光ダイオードを使用するのに対して、後者は光源を特定としていない点(以下「第1点」という。)、前者は読取り光学系のレンズは単色光レンズであるのに対して、後者の読取り光学系のレンズは格別特定されていない点(以下「第2点」という。)、前者はスケールの読取りに必要な時間に調節できる手段を有していのに対して、後者はそのような手段を有していない点(以下「第3点」という。)で、一応の相違点が認められる。

しかしながら、第1点に関して検討してみると、第2引用例にはその光源としてランプに代えて発光ダイオードを使用できることが明示されており、また一般に発光ダイオードは機器及び装置で用いられるランプの代わりに使用できることが本出願前周知であること〔必要ならば、エレクトロニクス第182号(第16巻第3号)昭和46年3月1日株式会社オーム社発行 第369頁ないし第378頁参照〕を考慮すると、検出対象物であるスケールの背面から光を照射する光源として通常知られているランプに代えて発光ダイオードを使用することは当業者が必要に応じて適宜なし得ることと認められる。そして、本願発明における発光ダイオードは可視スペクトラムから選択された小さい発光帯域で発光することを特定しているものの、本願明細書の記載から判断するに通常用いられている発光ダイオードの特性を記載したにすぎない程度のものと認められる。次に、第2点に関して検討すると、読取り光学系のレンズとして単色光レンズを使用することは、そこで関与する光は当然単色光でなければならないことを考慮すると、むしろ当然のことと認める。最後に第3点に関して検討すると、スケールの読取りに必要な時間に調節できる手段を設けることは、測定装置の読取り操作に要する時間を考慮して、当業者であつてみれば必要に応じて適宜実施し得る程度のことと認められる。そして、本願発明は、前記第1引用例に記載されている発明と比較してみても、前記相違点の故に当業者にとつて予期し得ない程度の効果を奏するものとは認められない。

したがつて、本願発明は、前記第1及び第2引用例の記載に基づいて当業者が容易に発明し得たものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決は、本願発明と第1引用例記載のものとの相違点第1点及び第3点について判断するに当たり、第1引用例及び第2引用例が開示ないし示唆する技術内容並びに周知技術の内容を誤認したため、検出対象物であるスケールの背面から光を照射する光源としてランプに代えて発光ダイオードを使用すること及びスケールの読取りに必要な時間に調節できる手段を設けることは、いずれも当業者が必要に応じて適宜なし得ることと認められると誤つて認定、判断し、さらに、相違点第2点についての判断において、読取り光学系のレンズとして単色光レンズを使用することは当然のことと認められ、当業者にとつて予期し得ない程度の効果を奏するものとは認められないとして、本願発明の奏する作用効果を看過し、ひいて、本願発明は、第1及び第2引用例の記載に基づいて当業者が容易に発明し得たと誤つて認定、判断したものであるから、違法であり、取消しを免れない。すなわち、

1 審決は、相違点第1点について判断するに当たり、「第2引用例にはその光源としてランプに代えて発光ダイオードを使用できることが明示されており、また一般に発光ダイオードは機器及び装置で用いられるランプの代わりに使用できることが本出願前周知である」、「〔必要ならば、エレクトロニクス第182号(第16巻第3号)昭和46年3月1日株式会社オーム社発行 第369頁ないし第378頁参照〕」と認定した上、このことから、「検出対象物であるスケールの背面から光を照射する光源として通常知られているランプに代えて発光ダイオードを使用することは当業者が必要に応じて適宜なし得ることと認められる。」と認定、判断した。しかし、この認定、判断は誤りである。すなわち、

第2引用例には、「ランプの代わりにガリウムひ素を使います。」との記載があり(甲第4号証107頁第2行ないし第4行)、また、「発光素子はラジアル格子板に光を照射するもので、いままでランプとして説明してきたものです。」との記載がある。(同第107頁下から第3行ないし第2行)。これらの記載は、一応審決の右認定に沿うもののように見える。

しかし、第2引用例には、さらに「発光素子にはガリウムひ素発光ダイオードといわれる、ガリウムひ素(GaAs)のP―N接合に順方向電流を流して、近赤外の光を放射させる半導体発光素子を使用しております。」との記載があり(同第108頁第10行ないし第12行)、また、「パルセンには、受光素子との組合わせのうえで、不可視光のガリウムひ素発光ダイオードを使つております。」との記載がある(同第108頁第14行ないし第17行)。これらの記載から明らかなとおり、第2引用例に記載されている「発光素子」あるいは「ガリウムひ素発光ダイオード」は不可視光(近赤外の光)を発するものであり、したがつて、発光ダイオードは照明手段として用いられているのではない。このことは、第2引用例記載のものにおける発光素子が受光素子と1組となつて、縞模様の明暗変化を電圧変化に変換するという役割で用いられている以上、当然のことである(同第107頁末尾4行参照)。

このように第2引用例記載のものにおいては、受光素子と対をなす発光素子として、近赤外の光(不可視光)を発する発光ダイオードを使用しているのであるが、これに対して、本願発明では、小さい発光帯域を有する可視光(単色可視光)を発する発光ダイオードを照明手段として利用しているのである。このとおり、発光ダイオードが同じく「光源」として用いられているとはいえ、本願発明と第2引用例記載のものとでは、その使用目的及び発生する光が全く異なる。

また、審決は、「一般に発光ダイオードは機器及び装置で用いられるランプの代わりに使用できることが本出願前周知である」としたが、この点を認定する資料として挙示した前掲「エレクトロニクス」第182号(乙第5号証の1ないし3)においても、不可視光を発する発光ダイオードが発光素子として用いられているにすぎない。例えば、同誌には、「主として従来のタングステン・ランプにかわる固体素子として、情報処理や通信制御の面で実用されている。」との記載(第372頁右欄本文末行から第373頁左欄第2行)があるが、これは、不可視光を発するGaAs赤外線発光ダイオードに関するものである。また、その第377頁右欄本文下から第4行ないし第1行には、「このような応用(発光ダイオードをランプの代用として使用すること)では、視覚にうつたえる必要がなく、必ず受光素子と組み合わせた形の光スイツチや光結合回路として働いており」と記載されているのである。

このとおり、第2引用例及び被告が周知技術として援用するものは、すべて不可視光を発する発光ダイオードに関するものであつて照明手段として用いられているものではないから、周知技術を考慮に入れても、第1引用例記載のものの光源として第2引用例記載の発光ダイオードを使用して本願発明のように構成することが当業者において必要に応じて適宜なし得ることは到底いえない。

2 審決は、相違点第3点について判断するに当たり、本願発明のように「スケールの読取りに必要な時間に調節できる手段を設けることは、測定装置の読取り操作に要する時間を考慮して、当業者であつてみれば必要に応じて適宜実施得る程度のことと認められる。」と認定、判断した。しかし、この認定、判断は誤りである。すなわち、

本願発明の要旨中にある「時間制御スイツチ171」は、本願明細書に記載されているとおり、ボタンが瞬間的に押された後、読取りに必要な時間だけオン状態を継続し、しかる後に自動的にオフ状態になる(甲第2号証の1第15頁第11行ないし第16頁第11行参照)。特に、本願明細書の「照明時間はR/C回路とタイミングスイツチ171の電気的なパラメータによりきまる。」との記載(甲第2号証の1第16頁第4行ないし第6行)は、「時間制御スイツチ171」が自動的なものであることを明確に示している。なお、この点に関し、同頁第13行の「マニアルにもしうる。」との記載は、自動的な「時間制御スイツチ171」とマニアルスイツチとを切換え等の方法で併用するものも本願発明の実施例として可能であることを注意的に記載したものにすぎず、マニアルのものも「時間制御スイツチ171」に含まれるとする趣旨ではないことは、当業者にとつて明白なことである。

被告は、このような時間制御スイツチを設けることは当業者が適宜なし得る程度のことであることの証拠として、乙第1号証(昭和45年実用新案出願公告第26721号公報)、同第2号証(昭和47年実用新案出願公告第28702号公報)、同第3号証(「電子科学」第21巻第8号昭和46年8月1日産報株式会社発行第98頁)、同第4号証(昭和45年実用新案出願公告第30009号公報)を提出するが、このうち、乙第2号証ないし第4号証は、時間の経過によつて自動的にオフ状態になるスイツチを開示してはいない。また、乙第1号証は、いわゆる電卓に関して、演算終了後一定時間だけ結果を表示する回路を開示してはいるが、一定時間だけオン状態を継続する時間制御スイツチが一般的に周知であることを示している証拠であるということはできない。

3 審決は、相違点第2点について判断するに当たり、「読取り光学系のレンズとして単色光レンズを使用することは、そこで関与する光は当然単色光でなければならないことを考慮すると、むしろ当然のことと認める。」としたが、単色光の光源を使用するからといつて、当然に単色光の光学系を使用しなければならないものではない。単色光の光学系を使用するためには、単色光の光源を使用しなければならないが、その逆は成り立たないのである。

つまり、周知のように、同一の物質に対しても、光の屈折率はその色によつて異なるから、同一材料でレンズを作つても、その焦点距離は色によつて異なる。そこで、複数の異なる材料から成るレンズを貼り合わせて、色の種類に関係なく色の異なる単色光及び多色光のいずれに対しても同一の焦点距離が得られるようにしたものが多色光用の「クロマチツク・レンズ」である。したがつて、単色光の光源を選択した場合にも多色光用の光学系を何らの差し支えなく用いることができるので、当然に単色光の光学系を使用しなければならないというものではない。それゆえ、もし、以上に述べた光学の基礎知識になじみのない者が発光ダイオードを光源として選択したとしても、単色光を発するという特性を単色光の光学系と結び付けることはなかつたはずである。

これに対し、本願発明は、単色光の光学系を使用することを特徴とするものであり、本願明細書(甲第2号証の1)の第12頁第9行ないし第13頁第1行によると、本願発明において、単色光の光源を使用することと単色光の光学系を使用することが意識的に結び付けられていることが容易に理解できる。そして、単色光の光学系は、色の違いによる屈折率の違い(色収差)を考慮する必要がないので、色収差を補正しなければならない従来の多色光用の「クロマチツク光学系」よりも簡単、軽量であり、その結果、はるかに安価である。従来技術は、光源が自然光や白熱電球であつたため、単色光の光学系を利用できず、その結果、装置が複雑、高価とならざるを得なかつた。これに対して、本願発明は、上述のとおり、単色光の光学系を使用することにより、簡単、軽量、安価な装置を提供するという作用効果を有するのである。

ところが、審決は、光源と光学系の対応関係を正確に理解せず、前述のように説示し、本願発明が当業者にとつて予期し得ない程度の効果を奏するものとは認められないとしたのは、本願発明が単色光の光学系の採用という構成を採つたことから生じる作用効果の顕著性を看過したものである。

第2請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3の事実は認める。

2  同4は争う。

1 同4の1について

第2引用例には、審決認定のとおり「その光源としてランプに代えて発光ダイオードを使用できる」旨記載されているが、ここでいう発光ダイオードは、縞模様の明暗変化を電圧変化に変換する受光素子と対をなす発光素子として、不可視光を発する発光ダイオードであつて、可視光(単色可視光)を発する発光ダイオードを照明手段として用いる本願発明と第2引用例記載のものとでは、その使用目的及び発生する光が全く異なることは認める。

ところが、前掲「エレクトロニクス」第182号(乙第5号証の1ないし3)には、発光ダイオードには可視光の発光ダイオードと不可視光の発光ダイオードがあること(第370頁右欄第16行ないし第371頁左欄本文第14行の「赤外光から可視光まで」の項)、両発光ダイオードについての具体例(第372頁右欄第4行ないし第375頁右欄下から第3行の「各種発光ダイオードの概説」及び「輝度」の各項)がそれぞれ記載されており、さらに、これらの発光ダイオードが固体ランプの代わりに使用できることも記載されている(第377頁右欄「その他の応用分野」の項第1ないし第3行及び第9ないし第15行)から、可視光の発光ダイオードと不可視光の発光ダイオードとは、受光手段が肉眼であるか、受光素子であるかの点で相違するだけで、両者ともランプの代わりに使用できる点で異ならないことが、右各記載から理解される。

同誌に記載されたこのような周知技術を前提にして第2引用例をみると、そこには結局、その光源としてランプに代えて可視光の発光ダイオードを使用できることまでも実質上記載されているとみることができる。

そうすると、審決が、「検出対象物であるスケールの背面から光を照射する光源として通常知られているランプに代えて発光ダイオードを使用することは当業者が必要に応じて適宜なし得ることと認められる。」としたことは、何らの誤りもない。

2 同4の2について

発光ダイオードの発光時間を、測定装置の読取り操作に要する時間を考慮して調節するのは、電池を無駄に消費することを防ぐためであるが、電池の無駄な消費を防ぐために、オン時間を調節することは、多くの技術分野で普通に行われていることである。

なお、本願明細書には、「LEDのオンーオフ間の時間は種々に変えることが出来、自動的なものがよいがマニアルにもしうる。」と記載されている(甲第2号証の1第16頁下から第4行ないし第3行)ので、本願発明の要旨にいう「通常の読取りに必要な時間に調節できる可変時間制御手段を含み、電池(21)と発光ダイオードとの間に接続された時間制御スイツチ(171)とを備える」ことは、通常の読取りに必要な時間に、自動的にあるいはマニアルに調節できる可変制御手段を含み、電池(21)と発光ダイオードとの間に接続された時間制御スイツチ(171)とを備えることと理解される。したがつて、本願発明は、①スケールを読み取るためにスイツチを入れると、読取時間の経過後に自動的にスイツチが切れる場合と、②スケールを読み取るためにスイツチを入れ、読取時間経過後にマニアルでスイツチを切る場合とを含むものであり、①、②の両者の場合とも、多くの技術分野で行われていることである。前掲乙第1号証公報、同第6号証(昭和46年実用新案出願公告第30427号公報)、同第7号証(昭和45年特許出願公告第34499号公報)各記載のものは、スイツチを入れると、読取時間経過後に自動的にスイツチが切れるのであるから、①について立証するものであり、また、前掲乙第2号証公報、同第3号証文献、同第4号証公報各記載のものは、スイツチを入れて読取り後にマニアルでスイツチを切るものであるから、②について立証するものである。

3  同4の3について

多色光を使用したときには、色収差を補正する必要があり、そのためにアクロマチツク光学系、すなわち原告がいう「クロマチツク光学系」を使うのであつて、単色光のように単一波長の光を使用するときは、色収差を補正する必要はないので、アクロマチツク光学系を使わなければならない理由はない。したがつて、単色光を使用したときに単色光学系にするのは当然のことであり、原告の主張する作用効果は自明のものにすぎない。

4  結局、本願発明の進歩性を否定した審決の認定、判断に誤りはなく、原告の主張する審決取消事由は理由がない。

第4証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1 原告は、審決が相違点第1点について、「第2引用例にはその光源としてランプに代えて発光ダイオードを使用できることが明示されており、また一般に発光ダイオードは機器及び装置で用いられるランプの代わりに使用できることが本出願前周知である」と認定した上、このことから、「検出対象物であるスケールの背面から光を照射する光源として通常知られているランプに代えて発光ダイオードを使用することは当業者が必要に応じて適宜なし得ることと認められる。」とした認定、判断は誤りであると主張する。

まず、第2引用例には、審決認定のとおり「その光源としてランプに代えて発光ダイオードを使用できること」が記載されているが、ここでいう発光ダイオードは、縞模様の明暗変化を電圧変化に変換する受光素子と対をなす発光素子として、不可視光を発する発光ダイオードであるのに対して、本願発明では、可視光(単色可視光)を発する発光ダイオードを照明手段として利用しており、したがつて、本願発明と第2引用例記載のものとでは、発光ダイオードの使用目的及び発生する光が全く異なるとの点については、当事者間に争いがない。

しかしながら、成立に争いのない乙第5号証の1ないし3(「エレクトロニクス」第182号(第16巻第3号)

昭和46年3月1日株式会社オーム社発行 第369頁ないし第378頁)によれば、同誌に、発光ダイオードには、不可視光を発するダイオードと、可視光を発する発光ダイオードとがあること(第370頁右欄第16行ないし第371頁左欄本文第14行)、発光ダイオードには、可視光を発するものが五種類で、不可視光を発するものが一種類あること(第372頁右欄第4行ないし第375頁右欄本文第3行)、及び発光ダイオードが固体ランプの代わりに使用できること(第377頁右欄第8行ないし第16行)の各事項が記載されていて、これらの事項が周知事実であることが認められる。なお、右事項中、固体ランプの代わりに使用できる発光ダイオードが、可視光を発するものであるか、不可視光を発するものであるかの点については、同誌に明示の記載がないところであるけれども、その発光ダイオードがいずれかの一方のみを意味するとの特段の理由を見いだすべき記載もないから、固体ランプの代わりに使用できる発光ダイオードは、可視光を発するもの及び不可視光を発するものの双方を含むと認めるのが相当である。そうすると、「一般に発光ダイオードは機器及び装置で用いられるランプの代わりに使用できることが本出願前周知である」とした審決の認定に誤りはなく、該発光ダイオードは、可視光を発するもの及び不可視光を発するものの双方を含むものである。

以上によれば、第1引用例記載の発明における光源(それは可視光を発するという点で本願発明の光源と共通性を有することは原告の自認するところである。((昭和60年12月12日付け第2準備書面第1項1参照))。)としてのランプに代えて第2引用例に開示されている発光ダイオードを使用することとし、その際、ランプの代わりに使用する発光ダイオードは、可視光を発するもの及び不可視光を発するものの双方を含むという周知例を勘案して可視光を発する発光ダイオードを採択し、もつて本願発明におけるように構成することは当業者にとつて格別困難なこととは認められないから、「検出対象物であるスケールの背面から光を照射る光源として通常知られているランプに代えて発光ダイオードを使用することは当業者が必要に応じて適宜なし得ることと認められる。」とした審決の認定、判断には誤りはないというべきである。

2 次に原告は、審決が相違点第3点につき、「スケールの読取りに必要な時間に調節できる手段を設けることは、測定装置の読取り操作に要する時間を考慮して、当業者であつてみれば、必要に応じて適宜実施し得る程度のことと認められる。」とした認定、判断は誤りであると主張する。

しかしながら、成立に争いのない乙第1号証(昭和45年実用新案出願公告第26721号公報)によれば、本件特許出願についての優先権主張日である1972年(昭和47年)9月5日より約2年前の昭和45年10月17日に公告された同公報に、光学的サーベイ装置における技術手段ではないけれども、電子計算機の表示駆動回路において、その表示部の電力消費の軽減を目的として、電源と表示部との間にタイマーを挿入し、右タイマーに入力信号が印加されたときから一定時間表示部に電源を供給し、右一定時間経過後は表示部への電源を断つ技術手段が開示されていることが認められるところ、当該技術手段は電子計算機におけるものであるが、それは電子計算機本体の構成(ちなみに右公報には、電子計算機本体の構成及び作用は全く記載されていない。)に直接関連せず、電子計算機と離れて独立の機能を有する機器として認識し得る表示部における技術手段であるから、右技術手段も独立の機能を有する「入力信号(指令信号)が供給された時から一定時間だけ表示部を駆動させる時間制御手段」を示すものであるということができる。また、上時間制御手段は、その使用目的からみて、その内部に時間調節のための機構を有していることが明らかである。したがつて、右公報記載の技術手段は広く、電源、表示部及び表示指令信号を有する装置にそれを適用することができるというべきである。このように、右公報記載の技術手段は汎用性を有すると認めるべきであること、及び、成立に争いのない乙第6号証(昭和46年実用新案出願公告第30427号公報)及び乙第7号証(昭和45年特許出願公告第34499号公報)によると、その類似技術手段が本件特許出願の前記優先権主張日以前に実用新案及び特許出願として公告されていることが認められることからすると、乙第1号証公報記載の右時間制御の技術手段は、本件優先権主張日当時、周知の技術であつたものということができる。

しかして、乙第1号証公報の技術手段を構成する電源、表示部及びタイマーは、本願発明の電池(21)、発光ダイオード及び時間制御スイツチ(171)にそれぞれ対応していることは明白である。

してみれば、第1引用例にも第2引用例にも、光学的サーベイ装置において光源が一定時間だけ発光し、その発光の時間を調節する技術的思想が開示されていないとしても、周知の右技術手段を適用して、本願発明のように、スケールの読取りに必要な時間に調節できる手段を設けることは、当業者にとつて必要に応じて適宜実施し得る程度のことということができ、これと同趣旨の審決の認定、判断には誤りはない。

3  さらに原告は、審決は、本願発明が単色光レンズで光学系を構成することにより奏する顕著な作用効果を看過したと主張する。

成立に争いのない甲第2号証の1(本願明細書)によると、本願明細書には、「LED7、8からの可視光は単色光である。スケール読取装置の光学系はこの波長に合うものが用いられる。単色光レンズは大きな波長レンジについて完全な像を与えるものよりかなり簡単であり安価である。これまではスケール読取にはクロマチツク光学系を用いる必要があつたが本発明に用いる光学系は簡単でレンズをセメントづけする必要はない。」と記載されている(第12頁第9行ないし第13頁第1行)ことが認められるのであつて、この記載にある単色光の光学系は簡単でレンズをセメントづけする必要はなく、安価であるという事項は単色光レンズで光学系を構成できるということから生じる作用効果であるといつてよい。

しかしながら、単色光の光源を使用したときには、その発する光の特性に最も合致した単色光の光学系を使用することが技術常識の範疇に属するものであることはいうまでもなく、右にみた単色光レンズで光学系を構成できるということから生じる作用効果は、単色光の光学系が有する周知の作用効果であり、あるいは単色光の光源を使用することにより当然に予期できる作用効果であるにすぎないのである。したがつて、審決には、原告が主張するような作用効果の看過は存しないというべきである。

5 以上に判断したところによれば、原告が審決の取消事由として主張する点はすべて理由がなく、結局、「本願発明は、第1引用例及び第2引用例の記載に基づいて当業者が容易に発明し得たものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。」とした審決の認定、判断に誤りはないということができる。

3  よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間について行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条、第158条第2項の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(蕪山嚴 竹田稔 塩月秀平)

〈以下省略〉

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